母親たちの安息の場になるようなところを

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赤ちゃんとお母さんの手

家でテレビをつけて、NHKのニュースを見ていたんですが、

そのニュースのワンコーナーに、先週に実刑判決が下された、三つ子の虐待事件について、多胎育児の母親たちがどう感じているか、その声をまとめているのを見ました。

育児はとても大変なことだと思うし、その育児が3つ子となると、想像できないくらい過酷でお母さんの休む時間はないと言っていいでしょう。

その事件で逮捕された母親はそれまで育児ストレスで重度の鬱に陥っていたらしいですが、完全責任能力があったと認定され、実刑判決を下されたのです。

母親が赤ちゃんにやった行為は残虐で許されることではないですが、いま育児に専念していて同じような状況にいるお母さんたちからは、同情の声も多かったのです。

夜泣きはすごいし、1人泣けばもう1人泣く。双子や三つ子だと、1人に集中してとはいかないし、お母さんの育児に注ぐその労力は倍どころではないんですよね。

僕は育児経験が無いので、どうこう言えませんが、友達や知り合い、身内の育児を知っているのでどれだけ育児が大変かは多少なりとも分かっています。

こういうようなニュースはときどき目にしますよね。しかし、なぜこのような育児放棄が無くならないか。

僕なりの見解として、同じ状況にいるお母さんたちの依存先が必要だと思います。

言わば、安息の場となるコミュニティや施設ということでもあります。

人間というのは、依存できるところがないと前を向いて歩いていけないんです。

例えば、赤ちゃんというのはハイハイする前に自ら立つことはできませんよね。

体が全然できていないので、無理に立ち上がろうとしたり、勢いあまってどこかぶつけたりすることがあったら、痛いので泣いてしまいます。

その時に、お母さんは抱きしめてあげて「大丈夫だよ、よしよし」と慰めてあげます。

そしたら、赤ちゃんはまた大丈夫だと思いチャレンジする意思を持ちます。

赤ちゃんというのは、お母さんという最高の依存先があるからどんどん成長していくのです。

でも、僕らは大人になっていくと、その依存先がなくなっていくので、孤独になり、深刻な状態だと鬱になってしまうと思うんです。

なので、育児中の母親たちもそういった依存先があれば、気持ちが滅入ることなく「がんばろう」という気持ちに変わっていくのではないでしょうか?

昔から人は依存という言葉に悪いイメージを持っているそうですね。特に僕ら日本人。

よく言われるのが、人は依存してしまうと自立できなくなると思われがちですが、逆です。

依存先があるからこそ、自立できるのです

NHKのニュースを見て、そのお母さんたちが触れ合えるコミュニティ施設を紹介していて、まさにそうだなと思いました。

そこで、自分の悩みや辛いことを相談しあえる人、同じ悩みを持った人がいたら、なんだか心強いというか、安心できるんですよね♪

気軽に足を運べるところや、数をどんどん増やしていってほしいです。

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