少年野球 いまできることからやってみる

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3月11日、東日本大震災が起きてから8年経ちます。

あの地震以降、いまは何気なく日常を過ごしていますが、その時の恐怖や失ったものなどいまだに忘れたりしません。

当時僕は、東京の小平市に住んでおり、地震があった日は仕事をしていました。

カフェで働いていたので、常に立ちながらの作業なんですが、その時に「あれどうしたんだろう、疲れてるのかな」と最初は目まいかと思うような感覚がありました。

しかし、周りを見てすぐおかしいことに気付きました。

お客さんやスタッフが揺れに対して何事かと思うような表情でしたし、外を見るとバスが大きく揺れていたので、只事じゃないことが起きていることは確かだと思いました。

そのあとも揺れは続き、いたるところでお店が営業終了という事態に。

一旦家まで帰り、すぐにテレビの情報を見たら、震源地が東北。そんな離れているところからという事にも驚いたし、津波で町全体が流されている映像を見た時はとにかく恐怖でしかなかったです。

いまでもあの時のことを鮮明に覚えています。

1万人以上の死者数、都内でも帰宅難民、計画停電、スーパーやコンビニの食品と水がなくなったりといままでの日常が一瞬にしてなくなりずっと街中パニック。

小さなことでもいい、とにかくなんでもやる

なんというか、こういう事が起きるとホントに訳が分からなくなるし、被災地にいる人たちは常に苦しいはず。

そういう時に、自分がなにをすべきか一秒たりとも無駄には出来ないし、色々考えさせられるきっかけにもなったと思います。

とにかくなんでもいいから、被害にあった人たちに何か出来ることはないかずっと考えていました。

小さなことからでもいいやと思い、コンビニにある募金設置箱に毎回お釣りを入れてました。

音楽活動していたのもあって、小平市議員の方に復興支援チャリティーライブにお声かけてくださり、2日間演奏したのも懐かしいです。

あと、これは関係ないようなことですが、当時煙草を吸っていましたが、震災を機にやめました。

というのも、こんな大変な時にのんびり煙草を吸っている自分が嫌に感じゴミ箱へポイっと捨てました笑

貢献してなくとも、自分自身でなにかやれることを見つけることが大切ですからね。

いまから2年くらい前に、車で仙台を訪れたことがあります。6年経って町はどのようになっているか。

確か、岩手の陸前高田市まで行きましたが、まだ津波の跡が残っており、その恐ろしい様子を肌で感じました。

ホントに残念ですが、完全に復興までまだまだ時間がかかるしとても厳しいんだなと実感しました。

避難している人たちも減少はしてきていますが、今もなお、約5万人と多くいます。

「自分たちがなんとなく生きた今日は、昨日死んでいった人たちがどうしても生きたかった大切な明日」

これはアメリカの先住民に伝わる言葉です。

いまもあの日のことを忘れないように、一日一日を大事にしていく、そして大切な人がそばにいる幸せを感じなくていけませんね。

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